からは身を投決

「はなしてっ!……あーーぁっ……!いやーーっ!」
人魚の細く長い哀訴が響いた。
「思うさま泣け、小さな青い人魚よ。」
「そして、余の手に七色の真珠を零せ。」
浴室のガラスが突然びりりと震え、音を立てて粉々になってゆく。
異常に気付き、召使いや奴隷商人が、血相を変えて浴室に押し入ってきた。
「王さま!なんという事を!!あなたは、人魚の精を飮まれたのか!……」
口の端に溢れた人魚の精を、ぐいと拭った王さまの姿に奴隷商人は戦慄の表情を向けた。
「それがどうした。言い値で買ったものをどうしようと、余の勝手だ。」
「おお…なんという事を。お……おしまいだ……この国は…あなたは、もう、おしまいだ。あれほど、王子の事を海に知られてはならないと私がお伝えしたのに……。これから、海神の恐ろしい仕返しが始まる……。」
漁師の網に捕えられた小さな青い人魚が、スルタン(太守)マハンメド王の住む国に供物として贈られて来た。
捧げものは、まるで棺のように二重作りの分厚いガラスの箱に入れられ、外して見えないように黒い布を掛けられている。運ばれて来た小さな青い人魚は網にこすられた柔肌の傷痕も痛々しく、殆ど息絶え絶えで力なく水槽に漂っていた。
「なぜ、このように弱々しい生き物の水槽に、いくつも頑丈な鍵が付いているのだ。」
不思議に思ったスルタンは、運んできた奴隷商人に声を掛けた。
「助けを呼ぶからでございますよ。太守。」と、商人は息をひそめてささやいた。
「男の人魚というのは、そう多くありません。しかも伝承によると、金dermes 脫毛色の髪を持つものは、海神の息子なのです。おそらくこの子も波間に浮かぶ水鳥のように、海神の助けを呼ぶでしょう。その声が漏れないように、厚いガラス板で囲ってあるのです。」
「なぜでしょう……スルタン。わたしにはあなたがとても、寂しそうに見えます。」
スルタンは小さな青い人魚の輝く髪に、そっと唇を寄せどこか懐かしい海の匂いを嗅いだ。
「わたしの王妃は……お前の海の王国を訪ねたはずだ。数年前に……。」
「お妃さまが?でも、人は海の底では、息ができま……あ。」
それは、海に身を投げて命を落としたことなのだと、やっと人魚は気が付いた。
太守は、優しい笑みを浮かべると、人魚に今はない妃の話をした。
スルタンの名誉を守る為、敵国へと送還される船から、冷たい海へとげたのだと言う。それは、北へ向かう海の上だった。寂しいスルタンの妃は、先の戦で捕虜となり敵兵から辱めを受けた。
船の上で、酒色にふける兵士たちの戯れの慰み者となった王妃は、給仕をする振りをして、刀を奪うと胸を突き、愛するマハンメドの名を呼び船の舳先から身を投げた。
後を追い共に身を投げた侍女は、海を漂っているところを助けられ、妃の最期を涙ながらに伝えると味方の兵士の腕の中で憤死した。薄いヴェールをはぎ取られ肌を晒して震える女たちは、この中の誰が妃なのかと尋ねられても、一人として口を割らなかった。女官たちは皆、優しい王妃がdermes 脫毛好きだったし、いつか勇猛果敢な太守が遠征先から取って返し助けに来ると信じていた。

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